飲酒の規制は満年齢を基準に行うべきではありません。すなわち満20歳という現行の基準は変えられるべきです。なぜならばこの制度のせいで多くの人々が法律を無視するからです。法律は法治国家の基礎であり、決して破っていいものではありませんからこれは大きな問題です。これは個人の良心の問題ではなく、現行の法律が構造的に招く事態です。というのは、満20歳になったとしても周りの友人がそうでないとき、一緒に酒を楽しむことができず結局法律を破って一緒に飲もうということになるからです。つまり現行の法律は人々に法律を破る動機を与えてしまうのです。ゆえにこの問題を解決するための唯一の方法は、酒の規制を年度基準で行うように変更することです。そうすれば同級生は皆同時に酒を飲めることとなるため、法律を無視してまで酒を飲むという動機をひとつ消せます。酒の規制は満年齢基準ではなく、年度基準で行うべきです。
もうひとつ法律を破る動機があります。それは新たな環境に入っていくときに生じます。現状では高校を卒業すると半分の学生は大学へ進学し、もう半分の学生は就職しますが、いずれにせよそのような新しい環境では必ずと言っていいほど酒による歓迎を受けるでしょう。そこで勧められた酒を断るのは容易ではありません。そうして多くの未成年が酒を飲む、すなわち法律を犯すことになります。このような新しい環境における歓迎が、法律を破るもうひとつの動機です。そのような環境における先輩方は酒に慣れきっていますから、これは仕方のないことです。これも現行の法律が構造的に招く事態です。未成年の生活の実態と法律の基準が合っていないのです。この問題を解決するための唯一の方法は、高校卒業を基準として飲酒も認めるようにすることです。
以上二つの点から私は、飲酒の規制は18歳になる年度が終わる時点を基準に行うべきであると考えます。
皆さん、自分の大切な人が殺される状況を想像してみてください。あなたはどのように感じるでしょうか。やりきれない思いから、きっとその殺人犯に対して復讐してやりたいと思うに違いありません、殺してやりたいと考えるに違いありません。
しかし政府としてはそのような行為を許すわけにはいきません。何故ならばもしそのような行為を許すと、殺人犯が殺されたときに、殺された殺人犯のことを大切に思っていた人たちが今度は復讐したいと願い、結果として殺し合いが絶えることなく続いていくからです。例えば江戸時代において、武士には仇討が合法とされていました。むしろ一家の名誉のために仇討しなければならないと考えられていました。しかしそのような制度の結果として、殺し合いが続き、治安が乱れたため明治政府はそれを廃止したという経緯があります。政府としては国の治安を維持しなければなりませんから、このような殺人の連鎖の起こる仇討は許すわけにはいかないのです。
以上より、政府の治安を維持するという役割を考えて、仇討を許すわけにはいかないということが分かりました。でもそれでは殺された人の親族などの悔しさはどうすればよいのでしょうか。政府には市民の幸福を最大化するというもうひとつの役割がありますから、この悔しさを無視するわけにはいきません。この問題を解決するための唯一の方法は、殺人事件の第三者である政府が復讐を代行してあげることです。そうすれば殺人の連鎖は起こりません。遺族の気持ちも少しはやわらぐでしょう。これこそが政府の役割なのです。その代行する復讐は死刑でなければなりません。遺族は懲役など望んではいないからです。この理由から、私達は死刑廃止というこの議題に反対します。
先月ひとりの死刑囚の死刑が執行されました。その死刑囚は誰に殺されたのでしょうか。死刑という制度を定めた私達国民によって殺されたのです。私達こそが彼を殺したのです。私達は間接的とはいえ、人をひとり殺したのです。私達はその事実に対してどのように感じているでしょうか?しょうがないこと?いいえ。私達は心のどこかで良心の呵責を感じています。人を殺すということがどれだけひどいことなのか、私達は知っているからです。その良心の呵責の程度は人によって様々でしょう。しょうがないことだとして済ませられる人もいれば、そうでない人もいます。罪悪感を感じて幸せに生きることが制限されている人々がいます。彼らの生活の質をあげるために、政府は死刑制度を廃止すべきです。
さて私達はこの議題を日本の問題として扱います。最初に議題を明確にしておきますと、この議題を採用した後は第一に新たな裁判においては死刑判決という選択肢はなくなり、第二にすでに死刑判決を宣告された死刑囚についてはその判決を直ちに取り消し無期懲役へと変更します。一切の死刑執行がこの日本では行われなくなるのです。私達は二つの点からこの議題を支持しています。ひとつの理由は国民が良心の呵責を感じていること。二つ目の理由は再審の可能性を確保できることです。ひとつづつ話していきましょう。
私達は小さい頃から教わってきました。人を殺してはいけないと。人殺しは理由なしにやるべきではないことなのです。そのように教わってきた私達は、死刑制度に対してためらいを感じます。本当に殺してしまっていいのだろうか。仕方のないことなのだろうか。そんな疑問を日々感じながら生きて行く私達は、日々の幸せを十分に追及することができません。迷いがあると人はその瞬間の楽しさに集中できないのです。そのように人々に良心の呵責を感じさせるような制度は政府が責任をもって廃止すべきです。政府の役割は国民の幸福を最大化することだからです。
ただし私はいかなる場合にも殺人が許されないといっているのではありません。殺人による良心の呵責と、殺人によってもたらされる国民の幸福を比較してどちらをとるかということが問題なのです。良心の呵責よりも国民の幸福が最大化されるような人殺しはあるでしょう。戦争がそうです。すべての戦争がそうであるとは言いませんが、少なくとも自衛のための戦争は、その種のものであるはずです。一方で今回の場合は良心の呵責に対して得られる効果が国民にとってそれほど大きなものではありません。なぜなら被害者の家族の数はとても少ないからです。彼らの悲しさよりもその他大勢の人の良心の呵責を重視するのが、幸福の最大化を目指す政府の役割なのです。
さらにもう一つの理由として、再審の可能性を確保できるというものがあります。死刑が執行されないということは、それだけ長くその死刑囚は長生きするということで、再審を行うことができる機会を増やすことができます。何故再審が必要かと言うと、それは誤審というものが必ず存在するからです。何故ならば人のミスというものはなくすことができないものだからです。いくら科学技術が進歩しようとも、人の手が介入すればそこにミスが必ず起きます。それは経験的に明らかでしょう。例えば先日だって死刑宣告を受けていた方が逆転無罪となりました。誤審の可能性が少しでもある以上、それを回避するために最善を尽くさなければなりません。死刑制度は、その誤審の可能性を無視して死刑を強行する、最悪の制度です。もし誤審が後から発覚したらどうするのですか?私達は罪のない人を強大な権力で殺したことになるのですよ?私達国民全員が一瞬にして犯罪者になってしまうんですよ?こんなにひどいことはないでしょう。このようなことを防ぐためにも、死刑制度は廃止すべきです。
以上2点、良心の呵責について、また誤審の可能性についての理由から私達はこの議題を支持します。
Hello, Ladies and Gentleman in this house. Last month a man was executed. Whom was he killed by? By us, who established the system of death penalty. It is we that killed him. Indirectly we killed a man. How do we feel on that fact? Are we insensitive? No. We feel a pang of conscience. That is because we know how terrible killing people is. Some people are ok on that matter, however, the others can’t pretend to be blind and take it seriously. Such guilty feeling prevent them from pursuing their happiness. To improve their quality of life, this house should ban death penalty.
Firstly let me define this motion. This house means Japanese government. And after taking this proposal, first, the way to choose death penalty will disappear from a trial, second, punishments of those who are sentenced to death will be changed into imprisonment. Any deaths by the government will not exist. Now, we have two reasons to support our side. Firstly, the citizens feel a pang of conscience. Secondly, we have to secure the chance of retrials. I’ll tell you about them one by one.